乱世を生きた戦国武将たちの最後のことば
常在死、常に自らの死に直面しながら大いなる野望を抱き必死に乱世を生き抜いた戦国武将たち
彼らがその死に臨んで、己の生涯のすべてを一瞬に思いめぐらし、発したことばが辞世の句です。世を辞す、すなわち死に際して最期に遺しおくことばが辞世の句です。
ここでは、長い日本の歴史のなかから戦国時代にスポットを当て、二十八人の戦国武将たちの人生最後の名せりふー辞世の句をご紹介します。
わが国最初の辞世の句は日本武尊詠
「古事記」「日本書紀」に伝えられる古代日本の伝説的英雄、日本武尊(やまとたけるのみこと)がその終焉の地、伊勢国能褒野(のぼの)で詠んだ望郷の句が、わが国最初の辞世の句と言われています。
「大和は国のまほろば、たたなづく青垣山こもれる 大和しうるわし」
以来、平成の現代まで多くの人がその人生の締めくくりに辞世の句を残しています。
大鳥大社(大阪府)日本武尊御神像
戦国時代史年表
戦国時代がいつからいつまでと言うと、これは諸説紛々で定まっておりません。一般的には、明応の政変(1493年)から織田信長により15代将軍足利義昭が京都から追放された室町幕府の滅亡(1573年)までと言われています。しかし、ここでは大阪夏の陣により豊臣家が滅亡するまでを戦国時代とみなし年表にしてみました。いちばんオモシロい信長〜秀吉〜家康時代を入れないのでは興味半減です。
戦国時代の幕開け(1493年)〜 群雄割拠 〜 本能寺の変(1582年)
| 西 暦 | 年 号 | お も な 出 来 事 |
| 1493 | 明応 2 | 細川政元政権奪取、足利義澄を11代将軍に擁立 (明応の政変) |
| 1521 | 大永元 | 細川高国、足利義稙を京より追放、足利義晴を12代将軍に擁立 |
| 1534 | 天文 3 | 尾張国の戦国大名、織田信秀の子として織田信長誕生 (5/12) |
| 1537 | 天文 6 | 尾張国中村、百姓弥右衛門、なかの子として豊臣秀吉誕生 (2/6) |
| 1541 | 天文10 | 武田晴信、父信虎を駿河に追放。武田家家督相続 (21歳) |
| 1542 | 天文11 | 斎藤道三、美濃国守護土岐頼芸を尾張へ追放、美濃国主へ |
秀吉、天下統一へ(1582年)〜 大坂夏の陣・豊臣家滅亡(1615年)
| 西 暦 | 年 号 | お も な 出 来 事 |
| 1582 | 天正10 | 中国大返しの羽柴秀吉軍、明智軍に勝利。 (山崎の戦) |
| 1582 | 天正10 | 明智光秀、坂本城に落ち延びる途中、京・小栗栖にて落命。55歳 |
