乱世を生きた戦国武将たちの最後のことば
常在死、常に自らの死に直面しながら大いなる野望を抱き必死に乱世を生き抜いた戦国武将たち
彼らがその死に臨んで、己の生涯のすべてを一瞬に思いめぐらし、発したことばが辞世の句です。世を辞す、すなわち死に際して最期に遺しおくことばが辞世の句です。
ここでは、長い日本の歴史のなかから戦国時代にスポットを当て、二十八人の戦国武将たちの人生最後の名せりふー辞世の句をご紹介します。
戦国時代史年表
戦国時代がいつからいつまでと言うと、これは諸説紛々で定まっておりません。一般的には、明応の政変(1493年)から織田信長により15代将軍足利義昭が京都から追放された室町幕府の滅亡(1573年)までと言われています。しかし、ここでは大阪夏の陣により豊臣家が滅亡するまでを戦国時代とみなし年表にしてみました。いちばんオモシロい信長〜秀吉〜家康時代を入れないのでは興味半減です。
戦国時代の幕開け(1493年)〜 群雄割拠 〜 本能寺の変(1582年)
| 西 暦 | 年 号 | お も な 出 来 事 |
| 1493 | 明応 2 | 細川政元政権奪取、足利義澄を11代将軍に擁立 (明応の政変) |
| 1521 | 大永元 | 細川高国、足利義稙を京より追放、足利義晴を12代将軍に擁立 |
| 1534 | 天文 3 | 尾張国の戦国大名、織田信秀の子として織田信長誕生 (5/12) |
| 1537 | 天文 6 | 尾張国中村、百姓弥右衛門、なかの子として豊臣秀吉誕生 (2/6) |
| 1541 | 天文10 | 武田晴信、父信虎を駿河に追放。武田家家督相続 (21歳) |
| 1542 | 天文11 | 斎藤道三、美濃国守護土岐頼芸を尾張へ追放、美濃国主へ |
| 1543 | 天文11 | 三河国岡崎城主、松平広忠の子として徳川家康誕生 (1/31) |
| 1556 | 弘治 2 | 斎藤道三、嫡男・斎藤義龍との戦いに敗れ討死 (長良川の戦い) |
| 1560 | 永禄 3 | 織田信長、駿河の戦国大名・今川義元を打ち取る(桶狭間の戦い) |
| 1568 | 永禄11 | 織田信長、第15代将軍に足利義昭を奉戴し、上洛 (天下布武へ) |
| 1570 | 元亀元 | 織田信長・徳川家康軍、浅井長政・朝倉義景軍を破る(姉川の戦) |
| 1573 | 元亀 3 | 徳川家康、武田信玄に破れる。家康の大惨敗 (三方ヶ原の戦い) |
| 1575 | 天正 3 | 織田・徳川軍、鉄砲三段撃ちで武田勝頼を殲滅 (長篠の戦い) |
秀吉、天下統一へ(1582年)〜 大坂夏の陣・豊臣家滅亡(1615年)
| 西 暦 | 年 号 | お も な 出 来 事 |
| 1582 | 天正10 | 中国大返しの羽柴秀吉軍、明智軍に勝利。 (山崎の戦) |
| 1582 | 天正10 | 明智光秀、坂本城に落ち延びる途中、京・小栗栖にて落命。55歳 |
